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◆論評:第10回(1998年度)

【受賞者】 都留泰作

【受賞対象業績】「バカ・ピグミーの精霊儀礼」『アフリカ研究』第49号,53-76頁,1996年。

【講評】
  本論文は,カメルーン南東部のバカ・ビグミーの間に見られる精霊儀礼の多様性とそれが生み出される機構を明らかにしようとしたものである。従来の人類学的儀礼研究においては,いわゆる「民族」によって「共有」される「文化」の抽出と分析に努力が傾けられていた。「文化」内における実践や概念の異変や多様性に関心が向けられるようになったのは,比較的最近のことである。都留氏の研究は,このような最近の儀礼研究の動向を踏まえたものであるが,徹底的な広域調査によってバカの精霊儀礼にみられる多様性の実態を詳しく描いた点,及びそうした多様性が生み出される機構を明らかにしようとした点で貴重な貢献といえる。
  都留氏はまず,カメルーン東部州に延びる200キロメートルの道路沿いに分布する合計227のバカの集団を対象とした広域調査を行い,各々に関する社会組織等の基礎的データと,そこで行われている精霊儀礼の種類やその形式・内容上の特徴,創出や伝承のあり方などについての資料を収集し,それらの比較考察を試みている。その結果,(1) この地域には名称やパフォーマンスの形式・内容が異なる52種類もの精霊儀礼が存在すること,(2) それらが,父系集団と結びつき,広い範囲にわたって分布するメジャーな儀礼と,特定の個人によって創始され,売買や分与を通して少数の集団に伝えられるマイナーな儀礼に分けられること,(3) 集団ごとに固有な儀礼の組み合わせがみられること,(4) それらの集団特有の儀礼のセットは,メジャーな儀礼とマイナーな儀礼の組み合わせから成っていること,(5) 隣接する集団間では,相互に儀礼の模倣がみられる一方で,その種類や形態には様々なレベルの差異が維持されていること,などを明らかにしている。
  さらに都留氏は,これらの点を踏まえて,バカの社会に見られる精霊儀礼の変異と多様性の成立には,バカ社会の定住化にともなう居住集団や個人のアイデンティティ形成といった社会的契機が関与していることを指摘している。これは,儀礼の文脈で明らかにされた変異を,背景となる社会的文脈のなかでとらえようとしたものであり,本研究はこの点でも,儀礼研究の新たな可能性を示唆するものとして高く評価できる。
  以上のように本研究は,奨励賞を受けるのにふさわしいものと評価できるが,いくつか改善されるべき点も指摘される。まず,これらの儀礼における中心的な存在である精霊の概念に関する把握が不十分であること。つぎに,定住化によって儀礼の多様性が生まれたとされているが,その過程の具体的な動態分析がほとんど行われていないこと,さらに,精霊儀礼の実施や精霊の「守護権」の背後に存在する権力関係等の社会関係に対する配慮が不十分であること,などである。これらの問題は,本研究で使用されているいくつかの用語の再検討とともに,今後,研究をさらに深めるための課題となろう。

【受賞者】 池谷和信
【受賞対象業績】  「イギリス植民地ベチュアナランドにおける毛皮をめぐるエスノネットワーク」『社会人類学年報』第23号, 29-53頁,1997年。 “Dry Farming among the San in the Central Kalahari”, African Study Monographs, Supplementary Issue, 22, 85-100, 1996.

【講評】
  池谷氏は1987年以来ボツワナ国の中央カラハリ動物保護区で,サンまたはブッシュマンの通称で知られるグイ/ガナの生業や社会経済生活,文化変容の問題を中心に,精力的なフィールドワークを積み重ね,多くの業績を発表してきた。今回の選考では,そのうちもっとも最近に出版された2編を対象としているが,それらは彼の10年以上にわたる息の長い研究蓄積に支えられた作品である。
  この2編の論文は,大きく変貌するサン(ブッシュマン)社会を克明に追跡し,実証的な資料を基礎にしたサンの実態像を,より広域を視野に入れ,地域の政治経済や民族関係の歴史的な展開過程の中に位置づけようとする研究成果であるといってよいであろう。それは,日本人研究者による生態人類学的なサン研究を継承しつつ,人文地理学の素養をも生かしたユニークな成果である。以下で,各論文についての評価を踏まえ,選考結果を報告したい。
  A) 「イギリス植民地ベチュアナランドにおける毛皮をめぐるエスノネットワーク」
  この論文は,サンの歴史的な実像をめぐる「伝統主義」と「修正主義」の論争を踏まえ,これまで空白であった中央カラハリの歴史的背景に関する資料を発掘する精力的な努力によって,「歴史の中のサン」という枠組みを構築しながら,新たな問題提起を試みたパイオニア的な業績である。
  アフリカ史研究では,ヨーロッパ人が残した文書資料は部分的な価値しかもたないため,「オラル・ヒストリー」の手法を駆使することが重要になる。池谷論文では,7つの地点での古老からの聞き取り調査にもとづいて,文書記録が残っていない毛皮の流通経路を立体的に再構成することに成功を収めている。そのうえで書簡,行政記録,統計,探検記録,新聞記事など,ボツワナ国立古文書館に所蔵されている文書資料を活用している。その実証の手法は手堅い。
  この論文では,中央カラハリの民族史・社会史を復元しようと志すかぎり修正主義の視点を取り込むことは不可避であるという主張や,グイ/ガナがカラハリ族との政治経済関係に明白に巻き込まれていたことの論証が展開されており,それらは十分な説得力をもっている。また,伝統主義者と修正主義者によるサンの実像が共存しうる歴史的な根拠を提示したことの意義は大きい。特に,カラハリ族との接点をもたない「孤立した狩猟採集民」の実像は,「毛皮をめぐるエスノネットワーク」の崩壊とともに形成されたのではないかとする見解は興味深い。池谷氏は,サンの社会が,いったんは世界経済システムに包摂されながら,次の段階で再び周縁化されていった歴史的な状況の産物であることを論証しており,歴史研究の立場から見ても刺激的な問題提起であると評価できる。
  ただ,伝統主義と修正主義の対立は,ポストモダンの思想潮流に深く根ざしており,それへの洞察を踏まえて検討すべき課題を内包している。今後の池谷氏の研究が,そのような課題をも咀哨し,理論的な考察を深めながら展開することを望みたい。
  B) 「Dry Farming among the San in the Central Kalahari」
  この論文は,優れたフィールドワーカーである池谷氏の本領を示す論考であり,狩猟採集民サンが小規模ながら農耕や牧畜をもとりいれて暮らす実態に目を向け,とくにスイカの栽培を中心とした農耕の生態学的・社会学的な精緻な分析を通して,サン社会の生業構造を動態的に把握した作品として高く評価できる。このような生業形態は政府主導の定住化政策によってはずみのついたものであるが,この論文は,そのような現代的状況のもとで特異的に展開した乾燥地農耕の分析という視点ではなく,混合経済を軸とした可塑的な生存戦略の一環として,それを位置づけている点に高い独創性を認めることができる。さらに,農地の保有や収穫物の分配に関わる精密な分析は,平等主義原理を軸にした社会の再編成を考える上で極めて剌激的な考察を生み出している。それは,アフリカの土地保有制度の研究にとっても興味深い論点を呈示してもいる。
  ただし,細かに見ればいくつかの問題点もある。たとえば,農産物の収量に大きな個人差があり,また耕地の保有形態の個別化が見られるにもかかわらず,農産物を成員に平等に分配するシステムが機能することで階層分化が押しとどめられている点を池谷氏は強調しているが,なにを階層化の基準とするかについては十分に検討されているとは言い難い点がある。平等性や階層化を含めて,より深い理論的な吟味を望みたい。
  池谷氏の研究手法は,精力的なフィールドワークと文献調査にもとづく具体的な実証を踏まえ,より広い歴史と政治経済の文脈の中にサン社会を位置付けようとする点に大きな特徴がある。それぞれの論文は,理論的な側面や文章表現などの細部には彫琢の余地があるものの,今後のより詳細な「社会史の復元」に向けての一里塚として高く評価できる。日本アフリカ学会研究奨励賞にふさわしい業績として強く推薦したい。

【受賞者】 真島一郎 
【受賞対象業績】 「西大西洋中央地域(CWA)とポロ結社の史的考察―シエラレオネ,リベリア,ギニア,コートディヴォワール」『アジア・アフリカ言語文化研究』第53号, 1-81頁, 1997年。

【講評】
  この80頁におよぶ長大な力作論文の特色は,何よりもまず,生態学的・文化史的視野の中で,西アフリカ海岸地域社会の生成と変動を再考しようとした,その意図の壮大さにある。近年,とくに文化人類学の分野の若い研究者は,細分化された課題の精密で実証的研究にひきこもり,とかくそれを支える広い視野を見失いがちである。精緻で手堅い研究そのものは推奨されるべきであるが,同時にアフリカという地域の自然と文化の独自性の中でそれを位置づけるという視点を失ってはならないだろう。
  真島一郎君は,長期のすぐれた現地調査をもとに,コートディヴォワールのダンの仮面文化について,多角的に数々の精密で着実な研究を発表してきた。そうした個別研究の実績をふまえ,ダンの仮面文化を西アフリカ海岸地方のポロ結社文化とされるものの中に位置づけ,他方,ダンもその一部であるマンデ語群集団の,いまだに多くの謎に包まれている移動史を,15 世紀から植民地時代を経て独立後の現代にまでいたる長い時間幅で考察している。
  15世紀のポルトガルとの接触をはじめとするヨーロッパとの交易(とくにマラゲッタコショウの交易)が与えた影響を重視する見方を,西アフリカの多雨期と乾燥期の交代する長期の気候変動の研究と併せて(マラゲッタの栽培地の移動など),民族集団の移動史と結び付け,ポロ結社の文化の中心と周縁説を批判する拠りどころとしている点などは,卓抜な着眼といえる。
  ここにもみられるように自然条件やイネをはじめとする栽培植物,農耕文化など生態学的条件を重視して文化史を再検討しようとしている点,植民地支配の与えた影響や現代の政治状況までも含めてアフリカ社会の性格をとらえている点,従来のいわゆる文化史研究には見られなかったものであり,高く評価される。
  極めて多数の先人の研究を参照し,問題点を整理しているが,とりあげている対象が多岐・広汎にわたっているので,やむをえないとはいえ,細部ではやや不備な記述も散見するし,記述の重複もある。そうした細部の不備は,他人の批判に謙虚に耳を傾けて欠陥を乗り越える真島君のことなので,訂正して更なる進歩へと向かうことが期待できる。
  いずれにせよ,一つの大きな問題整理として,この論文が西アフリカ地域研究の最新の段階での基礎作業として果たした役割は大きい。また,この論文が直接対象としている西アフリカ海岸地域にとどまらず,アフリカ全般の文化史研究に対しても,方法論の上で重要な問題を提起しているといえる。
  結論として,精緻な事例研究をふまえた上での,総合への意欲的な試みとして,またアフリカ研究の広い分野への基礎を提供したという点での着実な貢献として,この論文はアフリカ学会の新進研究者に与えられる研究奨励賞にふさわしいと考えられる。添付した端信行,小馬徹両審査委員の意見も十分検討した結果として,真島一郎君の上記の論文を,今年度の研究奨励賞に値する論文として強く推薦する。

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