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◆論評:第24回(2012年度)

【受賞者】 佐川徹

【受賞対象業績】 『暴力と歓待の民族誌―東アフリカ牧畜社会の戦争と平和』昭和堂,2011年。

【講評】
  本書は,エチオビア最南部―ケニア,南スーダンとの国境地帯に暮らすダサネッチの戦争と平和をめぐる動態を描いた民族誌である。上記三国にウガンダを加えた国境地域には,牧畜に生業を依存する数多くの民族が居住し,互いに家畜略奪を行うことで知られている。そして,日本の人類学はこの地域に関して厚い研究蓄積を有し,故福井勝義氏の業績をはじめとして世界水準の研究を数多く生み出してきた。ダサネッチはこの地域の中心部に居住する民族だが,人類学的調査は1960年代になされたもの以外に存在しない。
  佐川氏はこの重要な地域を研究対象に設定し,「戦争と平和」という巨大なテーマを掲げ,徹底したフィールドワークに依拠して研究をまとめ上げた。質的にも量的にも非常に厚みのあるデータに基づいて,ダサネッチが近隣諸民族との間で織りなす戦争と平和の動態を具体的かつ説得的に描き出した本書は,人類学の強みが存分に発揮された研究と言えよう。
  データについて特筆すべき点が2つある。第1に,ダサネッチに関する詳細なデータの提示のみならず,それを近隣諸民族の既存研究と綿密に突き合わせていることである。これによって,本研究は東アフリカ牧畜社会の広範な既存研究の中に位置づけられ,相互に比較検討が可能となった。ダサネッチ研究だけでなく,東アフリカ牧畜社会研究全体に対して本書の貢献は大きいと言えよう。第2に,170名を超えるインタビューを通じて,個人の行動や意思決定に関わる定量的データを収集したことである。定量的データの収集は日本の生態人類学の「お家芸」だが,本書ではこの方法論が効果的に機能し,議論を説得的に進めることに成功している。
  後者に関連するが,特に重要な本書のオリジナリティは,社会制度と個人の選択という2つの側面から戦争と平和の問題にアプローチしたことである。戦争を主題に据えた人類学の作品は少なくないが,従来の研究ではその社会的側面(社会的機能,社会制度の役割,等)に焦点が当たり,戦争に参加する個人の動機や選択はあまり主題化されてこなかった。結果として,民族の内部は均質化して描かれ,個人的な差異は捨象される傾向にあった。本書では個人レベルの定量データが豊富に用いられ,戦争を経験した後に戦争への参加を拒否する人が少なからず存在すること,敵と見なす民族との間にも友人関係が多数結ばれていること,といった興味深い事実が数多く示される。こうした定量データと参与観察を通じた定性データが組み合わされることで,ダサネッチの「個人創発的な社会構成」が説得的に描き出されている。
  社会構造と個人の意思とが組み合わさって戦争と平和の有り様が決まる,という構図は,それ自体目新しいものではないだろう。しかし,それを説得的に論証することは簡単ではない。本書の素晴らしさは,工夫を凝らして収集した厚みのあるデータに立脚し,既存理論の批判的検討を踏まえつつ,現地社会の論理に寄り添った独自のモデルを抽出していることだ。
  戦いを生み出す社会的要因として,人々を戦いに駆り出す文化装置(「嫉妬」,「負債」,「身体的高揚」として整理される),「敵」集団に対するネガティヴな表象,限られた資源(牧草地,水場)に対する集団間の競合,などが挙げられる。こうした要因に個人の意固や性格が作用することによって,紛争はいわばランダムに発生する。その一方で,地域社会には同じ場所で類似した生業を営む共生の論理,交易や親族を通じた集団間関係など,平和を生み出すメカニズムも内在しており,これも個人的な意図を通じて,相互訪問や平和儀礼といった形で発現する。社会構造と個人的意図との相互作用のなかで戦争と平和が繰り返される様を描き出した第4章と第5章の記述は特に読み応えがある。
  もっとも本書はこうした美しいモデルの提示で終わってはいない。第6章では,外部介入と平和維持という上述の枠組みでは捉えきれない現象が扱われている。そこに筆者の誠実さそして本書の課題を見て取ることができる。上述の戦争と平和の動態は,ダサネッチがその周辺に居住する集団との間で生み出す関係をその範囲で抽象化したものである。しかし,今日,辺境に生きるダサネッチといえども,国家や市場あるいは国際社会といった外部の影響を免れ得ない。自動小銃の流入は,その最も顕著な例だろう。(ただし,佐川氏によれば,自動小銃は戦闘における暴力性を著しく高めたものの,この地域の集団間関係を本質的に変えてはいないようだ。)
  より重要なのは,外部社会が様々な理由から,ダサネッチなどこの地域の人々に戦闘停止を要請するようになった事実である。要請は,NGOによる平和会合の開催や,政府による武装解除の実施,さらには制圧作戦など,様々な形をとって働きかけを強めており,それによってダサネッチも近隣集団との戦争に伴うコストを否応なく認識せざるを得なくなっている。外部介入によって,戦争の数は減るかも知れない。しかし,若者たちは戦いの経験を持てないことに不満を募らせているし,政府の武装解除や制圧作戦によって無視できない規模の犠牲が生まれている。外部の影響によって,本書が明らかにした戦争と平和の動態は,足元から掘り崩されているとも言えよう。
  様々な理由で外部が望む「戦争の停止」は,今日の軍事技術を持ってすれば,「紛争の抑圧」という形で実現される可能性がある。しかし,そうした「消極的平和」は,ダサネッチをはじめとする東アフリカ牧畜社会の崩壊と同義であるかも知れない。この地域に関心を持つ研究者は,「積極的平和」の確立のためにどうすればよいのか,そのとき外部者にいかなる役割があるのか,といった深刻な問いを突きつけられている。
  この課題に佐川氏は気づいている。だからこそ第6章を本書に盛り込んだのであろう。しかし,その問いに答えるには第6章の記述はなお入り口の議論に留まっている。「分離による平和」ではなく,この地域に根ざした共生,共在の文化を活かした方策を探るという,本書の結論で示される方向性に異論はない。問題はその先であろう。そうした方向性を実現するために,どのような政策あるいは研究が必要なのか。これは佐川氏の課題であるとともに,東アフリカ牧畜社会やアフリカの武力紛争・平和構築に関心を持つ者すべてにとっての課題だと思う。
  ダサネッチという小さな民族を取り上げ,戦争と平和という普遍的な問題意識に立脚して,深く掘り下げた研究を行った結果が本書に結実した。本書は多くの読者に共感と問題意識とを与えることだろう。このようにスケールの大きい作品こそ,日本アフリカ学会研究奨励賞にふさわしい。ここに授賞を推薦する。

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