[受賞者]近藤菜月
[受賞対象業績]『「革命」を語る―ガーナ農村部の民衆運動』ナカニシヤ出版、2024年
委員長:大塲麻代
委員:友松夕香、橋本栄莉、牧野久美子
講評
本書は、ガーナ共和国で1981年末のクーデター勃発から約10年間を「革命」期として、北部農村部で進行していたコミュニティ発展に向けた内側からの動きと、首都で起こった政治変動との接合による農村部での「自助運動」の生起を、行為主体としての一般民衆―特に「境界的存在」としての学校教育を受けた青年層―の視点から論じている。本書は、著者が2018年に名古屋大学大学院国際開発研究科に提出した博士論文がもとになっている。序章・終章のほか全8章から構成されている。
まず、〈序章〉は本書における「革命」期やその定義、本書の問いと構成が示されている。〈第1章〉はガーナの政治史における「革命」の扱いと、フィールド調査地である北部の植民地史を含む紹介がされている。〈第2章〉は理論的枠組みとして運動論、行為論、アイデンティティそれぞれの枠組みにおける本書での位置づけが提示されている。〈第3章〉は質的研究方法について、認識論的パラダイムとしての現象学的アプローチと、ライフストーリー、フォーカスグループについて紹介されている。〈第4章〉は調査地域で「革命」がどのように到来し、地域づくりが生起していったのかを人々の語りを通して明らかにしている。〈第5章〉はコミュニティの社会関係の変容プロセスにおける「革命」の影響を、事例を通して「革命」という要素と他の要素との相互作用から分析している。〈第6章〉は「革命」の暴力的・抑圧的側面と、社会変革を促進した意義との両義性について人々の認識から分析している。〈第7章〉と〈第8章〉は「革命」に参加した二名のライフストーリーをそれぞれ取り上げ、彼らがどのようにして「革命」期にコミュニティの自助活動の中心となりまたその活動を終えたのかを記述している。〈終章〉では、「革命」の経験は人々にどのような意味をもたらし、また主体性とは何を意味するのかについて理論的枠組みから考察している。
本書が本奨励賞受賞に値するのは、以下の三点においてである。
第一に、本書が農村部の人々の主観的経験の語りをもとに歴史を再構成した点である。歴史を振り返る際、数多の公文書など文献をもとに歴史をあとづける作業が一般的である。しかし、本書はむしろ「歴史に登場しない無名の人々にとっての革命の経験」(p.5)に意義を見出し、その語りから歴史を振り返るユニークな分析を行っており、地域研究として興味深いデータが示されている。
第二に、本書がアフリカ研究で必ずしも多くなかった社会学分野に挑む、意欲的な著作になっている点である。当事者の事例に対し社会学理論との接合を試みることで、「革命」のダイナミクスを丁寧に描き出すことに成功している。
第三に、本書がフィールドで得たデータを、本書前半で詳細に検討している理論的枠組みや方法論と確実に接合させている点である。「革命」の時代を生きた北部農村部の人々の主観的経験や主体性に着目する本書の視点に「ぶれ」は見られない。
本書では、人々のあいだで起きた「下からの運動」を「自助」とし、内発的発展論と結びつけて議論している。この点において、この「自助」は、植民地期後期から独立以降一九七〇年代にかけて行政が導入してきたコミュニティ開発の「上からの」政策概念としての「自助」(self-help)の延長線上にあるのではないかとの指摘もあり得よう。結論で展開されている議論は歴史的に「閉じられた空間」として農村部のコミュニティを仮定するものではないことから、本書により「内発的発展」論が一層前進することを期待したい。
以上の点から、選考委員会は本書が研究奨励賞にふさわしいと判断するにいたった。