第35回 研究奨励賞(2023年度)[受賞者] 仲尾 友貴恵

[受賞者] 仲尾 友貴恵
[受賞対象業績] 『不揃いな身体でアフリカを生きる——障害と物乞いの都市エスノグラフィ』世界思想社、2022年。
[選考委員]
委員長:元木淳子
委員:慶田勝彦、杉木明子、藤田志歩

講評

本書は、「障害(者)」と「物乞い」に関するタンザニアを事例としたエスノグラフィーである。アフリカや世界各地を旅した者であれば都市の路上で遭遇し、なんらかの物乞いの経験を想起するであろうと同時に、読者が暗黙に共有している障害者と物乞いについての「ただ一つのストーリー」(以下、シングル・ストーリー)を解きほぐすことを試みている著作である。

ただし、障害者と物乞いが常にセットになっているわけではない点は注意しておきたい。本書の中心部分はタンザニア都市の路上に居る障害者(ワレマーヴ)に関するものであり、物乞いについては歴史的にも障害者とセットになってきた傾向は指摘されるものの、物乞いは障害者が現代社会を生きる主要な生活戦略として焦点化され、特に第7章、第8章で詳しく論じられる。

本書は、誰もが出会っている「物乞いをする障害者」のなにを知っているのか、と読者にあらためて問いかける。換言すれば、氏が問うているのは、なぜ旅人(=われわれ)は、タンザニアやその他の都市の路上で遭遇する人びとを障害者や物乞いとして瞬時に理解し、画一化し、それ以上知る必要がない人びととしてカテゴリー化し、さらには、対話する必要のない人びととして否認しているのかである。そして、通常は否認する意図や意識などはなく、むしろ「自然に」カテゴリー化し、研究や調査の対象から除外する傾向性それ自体を問題にするのである。21世紀の現在、なぜ、そうなっているのか。

この問いに対して、本書では、既知の、しかし、その実態が不可視の存在である障害者のシングル・ストーリーを解きほぐし、複雑なリアリティ、それは近年グローバルな人権問題になった「アルビノ・キリング」まで射程に入れたリアリティを記述するスタイルを採用しており、そこにエスノグラフィーとしての斬新さがある。なぜなら、シングル・ストーリーを複雑さのリアリズムへと翻訳する方法は、必然的に分野横断的になるのであり、多元的な複数の関係性を注視し、矛盾や対立をも記述の対象にしてゆくことになるからである。

また、本書は専門用語が極力排され、特定の専門性にこだわらない学際的な記述を志向しており、実際、この試みは成功しているように思える。とはいえ、馴染みのある地域の歴史や概念を扱っている一般書やエッセイではないし、また、障害学、政治学、社会学、アフリカ地域研究および植民地行政に関する歴史研究を横断する学術的記述の水準は保たれており、本書が学術的な専門性を有していることは強調しておきたい。

そして、この著作を読み終わる頃には、障害者と物乞いのエスノグラフィーは可能なのだと納得させられる一方、あくまで本書は彼・彼女らとの対話のプロローグに過ぎず、長い道のりの初期の「通過点」であることが分かってくる。それでもなお、本書は、多くの読者がこれまで知っていたはずの「物乞いをする障害者」と自分たちとの境界について考え直し、自分の社会の障害者と物乞いについて、それぞれの立場から見つめ直すきっかけを提供することに成功していることを納得させる魅力がある。

また、この著作に説得力を与えているのは障害者や物乞いという用語および概念の重層的な歴史性への着目であり、それは多様な先行研究の検討と理解に基づく筆者の考察と記述に顕著に表れている。本書はあるコミュニティへの無媒介的で、直接的な参与や観察から描かれる人類学的エスノグラフィーとは異なり、障害者や物乞いというカテゴリーの歴史的形成およびそのカテゴリーとの関係性を生きてきた人びとの歴史的変容と現在の生活戦略について多元的に記述する、都市社会学的なエスノグラフィーを方法の中核に据えており、その成果は第一部に集約されている。

第二部ではタンザニアで出会った当事者たちとの接触や対話を通じて、障害者というシングル・ストーリーを複数化し、彼・彼女たち一人ひとりの生活世界の描写を試みる。全体的な枠組みとしてはフィールドワークを中心として障害者というカテゴリーとの関係を生きる人びとのリアリティが複雑かつ多様である点を示すこと、さらには現在の彼・彼女たちの主たる生活戦略が物乞いであり、この物乞いをネガティブなものとして否認するのではなく、互酬性や他者との対話あるいは交渉の接点などとして、ポジティブに記述することにある。

しかし、複雑で錯綜している個々人の経験やその意味を本書だけでは十分に描ききることはできていないし、学術書という体裁につきまとう個々の語りを筆者の論点の裏付けや根拠として活用する傾向は避けられない。それゆえ、人類学者が期待しがちな現地の日常に深く分け入り、その生活世界を独自の感性で描くエスノグラフィーの観点からすると不満を指摘する声もありそうだが、上述したように、本書の目的はそこにはない。とはいえ、第二部の生活世界の複雑なリアリティは今後の対話の継続と現場での関係性の再構築の反復を経て、さらに洗練され、新たな通過点へと向かうであろうという期待を十分に感じさせる著作に仕上がっている点を評価したい。

各読者の観点や専門分野からするとまだ不完全であり、障害者の日常世界を描写するためのフィールドワークの深度も浅いなどの批判も聞こえてきそうであるが、ある規範や基準からの逸脱をテーマとしている以上、本書が抱えるジレンマは折込み済みである。よって、特定の専門分野内で認められるかもしれない矛盾や不完全性は、複雑な現実に対する真摯かつ挑戦的な問題意識による本書の価値を損ねるものではない。また、今後、路上の障害者に関する研究にとっては無視できない、重要な研究になるという点では専門分野が異なる審査員一同が一致した意見だった。以上から、選考委員会は全員一致で本書を奨励賞にふさわしいと判断した次第である。