[受賞者]池邉智基
[受賞対象業績]『セネガルの宗教運動バイファル―神のために働くムスリムの民族誌』明石書店、2023年
[選考委員]
委員長:大塲麻代
委員:友松夕香、橋本栄莉、牧野久美子

講評

本書は、セネガル共和国に成立したイスラーム神秘主義教団のひとつであるムリッド教団内部の集団バイファルに着目し、その組織構造と宗教実践、教義を明らかにした民族誌である。本書は、著者が2020年度に京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科へ提出した博士論文がもとになっている。序章・終章のほか全7章から構成されている。

まず、〈序章〉はセネガル共和国の概要とイスラームの伝播、ムリッド教団の位置付けとその先行研究における議論を紹介し、本研究の目的と理論的枠組みを提示している。〈第1章〉はムリッド教団を形成した開祖とその弟子の経歴を紹介し、彼らの関係性がいかにムリッド教団の構造そのものに反映されているかを説明している。〈第2章〉は内部集団バイファルの思想や生活様式について紹介し、集団の行為が開祖の弟子による伝承としての言説的伝統であることを説明している。〈第3章〉は前章で述べた組織の構造がいかに実践されているのかを、奉仕としての労働である托鉢の具体的な実践の記述から明らかにしている。〈第4章〉は托鉢実践を行う末端の信徒であるバイファルたちが、ジャウリンという監督役によって組織されていることを論じている。〈第5章〉はムリッド教団の教義が説教を通じた宗教的言説の再生産であることを、言説が語られる祭儀の様子から考察している。〈第6章〉は権威ある導師の声を伝える役割に焦点を当て、引用発話の多用がもたらす権威化について分析している。〈第7章〉は説教などの語りにおいて過去の発話や出来事の引用が繰り返し行われ、「いまここ」のコンテクストに接合されるテクスト化の分析を行っている。〈終章〉は各章で明らかにされたことを通じて、セネガルのムリッド教団の組織、教義、実践についての総合的な議論が展開されている。

本書が本奨励賞受賞に値するのは、以下の三点においてである。

第一に、本書が過不足なく先行研究を調査し、着実に議論を積み上げ論証している点である。なぜバイファルなのか、なぜウォロフ語の話し言葉に着目するのかという点が、西アフリカ、イスラーム、人類学等の文脈に即して丹念に論じられている。

第二に、本技法は、フィールドにおいて著者が抱いた些細な違和感を丁寧に抽出し、それらを文脈から逸脱させることなく、微視的な語りや宗教実践の分析を通じて構造的なパターンを見出すものである。教団組織の特徴を把握するにあたって、収集したデータを帰納的に分析し結論を導出していくその論述は見事である。

第三に、データの収集方法やその質のユニークさである。これまであまり注目されることのなかった路上で托鉢を実践しているバイファルに着眼し、「同輩の信徒」として人々と信頼関係を築き、協働しながら彼らの声や実践を拾いあげ、どのような思想の下で集団として托鉢や祭儀が実践されているのかが丁寧に記述・分析されている。

もちろん、本書がバイファルとしての宗教的活動・宗教空間に限定された語りの分析になっているという批判もあり得よう。しかし、本書はそうした批判に耐えうるだけの充実した読み応えのある内容になっている。著者の今後の研究に期待したい。

以上の点から、選考委員会は本書が研究奨励賞にふさわしいと判断するにいたった。