[受賞者] 牛久 晴香
[受賞対象業績] 『かごバッグの村: ガーナの地場産業と世界とのつながり』昭和堂、2020年。
[選考委員]
委員長:西浦昭雄
委員:網中昭世、戸田美佳子、増田研
講評
本書は、ガーナ北部の辺境に位置するボルガタンガ地方の地元住民がつくる、一見すると「伝統的」なバスケット(ボルガ・バスケット)産業の展開を、参与観察によって厚く記述された民族誌である。本書は、ボルガ・バスケットが植民地以降の開発戦略や国際市場や国際的な機関の動きのなかで手工芸品化され、南北ガーナ南北の生態環境や物質文化、モノづくりの技術のなかで新たな要素を取り込みつつ、生業活動やローカルな取引方法、仲買人の商実践によって、現在まで展開されてきたことを描き出している。グローバルな流通経済とアフリカの国内における産業構造の変化、生産者たちの知識と意識の変化といった、マクロからミクロまでをカバーする壮大な構図のなかで、この新しい産業を描こうとした点に本研究の意義がある。
本書の俊逸な点は、テーマの着眼点とともに、章タイトルを平易な言葉で「変わる」「つくる」「草を使う」「生活する」「売る、買う」「つなぐ」と活動ごとに示し、幅広いトピックを展開させながらも、まるで1つのバスケットを編むがごとく絡み合わせて分析し、読みやすく纏めた点である。文章は軽やかで多様な読み手を意識しつつも、バランスよく多様な論点に目を配る点で独創性に富む本書は、学術界のみならず、日本におけるアフリカ理解にも貢献しうる著作だと高く評価できる。
本書は、これまでの開発経済学が見過ごしてきた、多様なアクターが絡みあう、複雑な過程を描きだしている点でも優れている。また、質的データと量的データをバランスよく配置している点は高く評価される。主題を取り巻くマクロな環境とミクロな環境を描くために、適したデータを使い分け、効果的に提示されている。
特に著者は、バスケットを買い付ける地元の仲介人を、異なる構造や社会を架橋する「ミドルマン」として、生産者(編み手)の論理と企業や開発関係者の論理をかみ合わせて、ボルガ・バスケット産業を発展させてきたと評価している。仲介人とは、村というローカルな社会空間における生産者と直接かかわり、グローバルな流通チェーンに連なる企業との契約を満たす「ミドルマン」の役割を担う者である。本書では、 この仲介人の役割が具体的に提示されている。例えば、仲買人によるバスケットの定期買い付け市が、生産者の安定的な 「日銭」を確保する機会になっていること、開発援助機関や仲買人による技術指導による品質の向上に繋がっていること、国際市場が必要とする規格のそろった製品のまとまった取引の確保してきたことなどである。また仲買人が編み手グループと長期的な契約を結ぶことで、グループの形成へと繋がってきたことが事例を通じて描かれている。
他方で、市場競争の中でバスケットから得られる個人の利益は低く、バスケット製作という経済活動は合理的でないように見えるが、本書では生産者の行動原理と生計多様化の志向から、農業経済や開発学ではとらえきれない社会的な合理性が示される。例えば、他の農村資源に比べてリターンが早い=安定的に売れること、農村生活における現金収入や「日銭」の必要性に適合していること、仲買人から代金を前払いしてもらえること(前貸し)が挙げられ、これらはセーフティーネットとして機能していた。また、バスケット製作は生計活動とも組み合わせやすい、家内副業的な自営業であり、他の生計活動の合間を縫って自律的に進められる「ながら仕事」でもあった。本書は「バスケットを編むという立派な経済活動を口実に、友人と団らんを楽しみ」と記すように、かご編み自体のやりがいや楽しさに裏打ちされた生産者の行動原理も捉えている。
ただし、こうした生産者の機会主義的行動は、契約不履行につながりかねない。その際、仲介人は、不履行に対して制裁を加えるのではなく、「私の編み手」としてモチベーションを維持させることを意識しつつ、交渉していく。さらにボルガ・バスケットの事例では、個人レベルの欠損を編み手の総数で補填していた。先行研究において、商人は数の論理/規模の経済によって収益を上げてきたと指摘されてきたが、本書は、生産者の機会主義的行動への対処法としても編み手の数の多さが決定的に重要であり、先行研究とは異なる意味での数の論理があるのだということを示唆している。
選考委員会では、開発経済学や人類学で用いられている概念と結びつけることで議論の枠組みをより広げられたのではないかという指摘や、数値の扱い方についての課題も提起された。しかし、それは本書の欠点とはいえず、むしろ「わかりやすく伝える」という本書の特徴を示すものであるとの結論に至った。
国際的な開発や国境を越えた取引が急速に拡大する現代において、本書から得られる知見はアフリカ農村研究にとどまらず、開発学や人類学などを融合した学際的な学問分野や、国際協力の現場に貢献すると考える。選考委員会は全員一致で本書を奨励賞にふさわしいと判断した。