◆講評:第11回(1999年度)
【受賞者】 高橋基樹
【受賞対象業績】 「現代アフリカにおける国家と市場:資源配分システムと小農発展政策の観点から」『アフリカ研究』第52号,1-28頁,1998年。
【講評】
本論文は,これまでに蓄積されてきた開発経済学の立場から,アフリカ経済を分析し,これからの開発政策の一つの方向を提示したものである。初めに,経済開発を資源配分システムの視点から整理し,国家主導型と市場経済型とに分け,これまでの開発政策の過程を検討している。
アフリカの経済開発の流れをみると,独立直後の1970年代では,多くの国が「アフリカ社会主義」に代表される国家主導型政策を採るが,結果はうまくいかず,80年代になると,アフリカは経済危機へと突入し,IMF・世界銀行主導による市場メカニズムを軸にした一連の構造調整政策を採用することになる。これも多くの問題を造り出すことになる。これらの国家主導型・市場経済型のいずれもがうまくいかなかった理由として,論者は,前者は政府の能力が不十分であったこと,後者においては市場が低発達であったことを指摘し,アフリカの経験から言えることは,経済の発展段階や社会・文化の特殊性,個別性を考慮し,政府と市場の役割を適切に組み合わせる必要があるとしている。
次は,この市場と国家の観点から,開発過程での部門間資源配分の問題をとりあげ,望ましいものは市場システムによる資源配分であるが,アフリカの場合,独立直後では輸入代替工業化など,政府主導による政策がとられ,経済にとって発展の核ともなるべき農業部門の開発,それへの資源配分は軽視され,むしろ資源はそこから収奪され,他の部門へ流出したとするのである。
この点,東アジアでは工業化の前に農業開発が先行し,技術の改善,生産性上昇,所得の増加となり,農業部門の発展は他の部門への発展波及効果を造り出したのである。一方アフリカ,とくに政府主導型の国の農業政策では,小農部門の技術開発,流通機構の整備を含む農業インフラの開発は促進されず,ミント型小農経済を越えた市場化の進展,生産の市場向け持続的増加は生まれず,むしろ,政府の安い農産物買い上げ価格は,農民の市場参加を後退させることになった。
ではアフリカにおける小農部門の開発をいかに進めるかである。基本は市場経済システムの下での開発であるとし,「市場の失敗」を補足する範囲での政府介入に加え,積極的な技術育成,インフラの改善策など,ある程度の市場への政府介入は正当化されることになる。また開発過程,特に重点主義の実施において生ずる所得や地域格差の拡大,その是正に対し,アフリカの政府がどの程度対応しうるかは,政府の能力や性格と大きく関係することになる。
以上,本論文は経済開発の問題を資源配分の点からとらえ,市場経済型と国家主導型とに分け,それらの成果を検討し,アフリカの社会経済に適した政策を模索し,市場メカニズムと政府介入の適当な組み合わせを望ましいものとし,その実現には,現在の低発達でのアフリカの市場環境を整備,育成し,また国家の政策能力を強化,改善しなくてはならないとするのである。
このような開発システムによる,アフリカでの望ましい部門別資源配分は,かつての国家主導による輸入代替工業化優先策でなく,小農部門を重視した政策の導入・振興である。本論文は,アフリカの開発政策について大きな枠組みを提供することに主眼をおいているため,個々の問題については説明不足の点も若干あるが,アフリカの開発に対し,現代の開発経済学の立場から一つの野心的試論を提起したこと,さらに,開発経済学において小農志向型開発を展開し,小農部門の重要性を喚起していることなど,今後のアフリカの経済開発研究に対し,一つの大きな刺激を与えたことは高く評価されるべきであり,アフリカ学会研究奨励賞を受けるに十分値するものと考え,ここに推薦するしだいである。
【受賞者】 松本晶子
【受賞対象業績】 “Changes in the Activity Budget of Cycling Female Chimpanzees”, American Journal of Primatology, 46, 157-166, 1998. “Factors Affecting Party Sizes in Chimpanzees of the Mahale Mountains”, International Journal of Primatology, 49, 999-1011, 1998.
【講評】
論文1では,性周期状態にあるメスを対象として,発情しているときとしていないときとで活動時間配分がどう変わるかを検討し,発情時には,1) 移動時間が増加し,採食時間が減少する,2) オスからメスヘの接近とメスからオスヘの接近がともに増加する,3) オスからメスヘの攻撃が増加する,という結果を得ました。この結果を他のデータとあわせて統計的に分析し,発情時にメスの移動時間が増加するのは,オスが性的パートナーとしてのメスを従わせるために攻撃行動を頗繁に行使することが主原因であり,従来考えられてきた「広く移動するオスについていくため」や「次々に交尾相手を変えるため」でなく,また「発情メスにひかれてオスが集まる結果パーティサイズが大きくなり,採食競争が増えるため」でもない,ことを示しました。さらなる研究が必要な問題点も残るが,トピック性も豊かで,チンパンジー研究の新しい方向を示した重要な論文です。
論文2では,M集団のパーティ編成パタンを調ベ,発情メスの有無と食物量が,パーティサイズにどのような影響を与えるかを検討し,1) 混成パーティだけにサイズの季節変動が認められる,という結果と,混成パーティのサイズは,2) 主要食物が豊富なとき,3) 発情メスが存在するとき,に大きくなるという結果を得,混成パーティの編成には,食物という生態条件と,発情メスという社会条件の両方が関与していることを明確に示しました。食物の豊富さを採食された種数だけから判断している,という不満も残るが,従来考えられてきたことを,豊富なデータと分析によってきちんと示した完成度の高い論文です。
以上2編の論文はともに,長期間にわたり精度の高いデータを豊富に集め,統計学による厳密な分析を行って,きわめて信頼度の高い結果を提出しております。また,従来なおざりにされがちだったメスに焦点を合わせることによって,新知見を得たオリジナリティの高い論文です。日本アフリカ学会研究奨励賞にふさわしい,若い力にあふれた価値の高い論文だと考えます。
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