◆講評:第12回(2000年度)
【受賞者】 高根務
【受賞対象業績】 『ガーナのココア生産農民―小農輸出作物生産の社会的側面』日本貿易振興会アジア経済研究所,1999 年。
【講評】
本書は,ガーナ南部のココア生産村落における実態調査をもとに,現代ガーナのココア生産農民の社会経済的構造を動態的に分析したものである。著者は,既存のガーナのココア生産農民研究があまりに土地・労働分析を基軸とした研究に偏りすぎていた点を批判し,より多角的な視点の導入が必要との観点から,綿密な準備のもと村落調査を実施した。フィールドワークを実施するにあたり著者は,新しい分析視点を導入し,調査村落の選定にあたっても工夫を凝らした。その実態調査に基づく分析結果をとりまとめたのが本書である。
本書で著者が新しく提起している点は多岐にわたるが,本書がアフリカの農民研究に対して最も貢献したと思われる点を二点特記するとすれば,以下の点を上げることができる。第一は,調査において「個人」の生産活動の分析を出発点とした点であり,第二は調査村の決定にあたって先行研究との時間的隔たりを意識したという点である。
第一点目に関しては,著者は「方法論的個人主義」を採用し,情報収集にも特別な工夫を行った。著者は,男性のみならず女性農民個人からも個別の情報が得られるよう配慮した。その結果,これまで分析の単位とされることの多かった世帯は解体され,メンバーが必ずしも一致しない消費単位,居住単位,経営単位の存在が明らかにされた。また夫婦間の労働や土地をめぐる対立と協調,独立性と相互依存,契約関係と利他的関係の共存の詳細な実相も明らかにされ,新しいココア生産農民像が提示されることになった。これは,ココア生産農民研究にとどまらないアフリカ農民研究全体に大きな貢献をなす成果であるといえる。女性が土地を入手するプロセスの解明も本書が明らかにした貢献の一つである。
第二点目に関しては,著者は調査対象村の選定にあたってココア栽培の歴史的背景の異なる村を三ヶ村,意図的に選んだ。これにより,著者は既存のココア生産農民研究にみられる土地・労働偏重による間違ったココア生産農民像の是正を目指した。その結果,ポリー・ヒルによって呈示された資本主義的ココア農民像を単純に否定することも,またそのまま現代に引き継ぐこともせず,それを1950年代の土地余剰時代のココア畑拡大期の農民像として相対化する事に成功した。と同時に,現代のココア生産は新規開拓用地の消滅しつつある時代のものであることも明らかにした。現代では土地の売買が減少し,分益小作制度や相続を利用した土地所有権譲渡が主流になってきている。このことが一部資本家的ココア農民による土地の集積が見られない原因であることも本書は明らかにした。
以上の指摘のみからも,本書が新しいココア生産農民像の提示に成功したばかりでなく,アフリカ農村研究にも大きな貢献をなすものであることは証明できると考える。しかし本書はさらに,アフリカ農村研究にジェンダーやライフサイクルといった視点を本格的に導入した点でも,日本のアフリカ研究に新しい方向性を指し示すものとして評価されるべきものである点も指摘しておきたい。
豊富な聞き取り資料を基にした理論展開も説得的であり,本書が日本のアフリカ農村研究に貢献した意味は非常に大きいと言える。よって本書は,アフリカ学会研究奨励賞を受けるにふさわしい業績であると認め,ここに推薦するしだいである。
【受賞者】 中務真人
【受賞対象業績】 “A Newly Discovered Kenyapithecus Skeleton and its Implication for the Evolution of Positional Behavior in Miocene East African hominoids”, Journal of Human Evolution, 34, 657-664, 1998.
【講評】
本論文は5名の共著論文であるが,現地での発掘調査,化石資料の機能形態学的分析,ならびに論文執筆において筆頭著者である中務氏が中心的役割を果たしていることは明白であり,また共著者4名の同意書添付も勘案し.中務氏の業績として選考することにした。さらに,本論文は,Journal of Human Evolutionに「News and Views」として掲載された論文であり,短報的色彩を帯びているが,以下に示す要約のように,内容的にみてきわめて高い評価が与えられるとの判断で一致し,論文としての形式や分量には拘泥しなかった。氏は1994年にAfrican Study MonographsのSupplementary Issue No.21で「Morphology of the Humerus and Femur in African Mangabeys and Guenons: Functional Adaptation and Implications for the Evolution of Positional Behavior」という長文の論文を発表しており,現生霊長類の運動様式と長管骨形態との関連の詳細な分析を試みた。本論文の背景には,研究奨励賞に該当するような単著論文が存在することも記しておこう。
人類進化を系統的に追究するとき,アフリカの中新世類人猿(ホミノイド)の研究が必須であることは論をまたない。近年,石田英実氏率いる調査隊によってケニアから発見されたケニアピテクス類の化石は,人類進化の解明に大きく寄与してきた。その営みのなかで,今回記載された本論文の化石は稀有な標本である。1体分を彷彿とさせるこの標本は,化石発見史上屈指のものであり,その分析を急いだ本論文が,将来ともに重要な文献となることに異論はなかろう。
機能形態学的分析によって明らかとなった最も重要な結果は,足の指の機能であり,先行するホミノイド,プロコンスルよりも樹上性を強めている点だ。プロコンスルを祖先とするケニアピテクスがオランウータン,ゴリラ,チンパンジーの共通祖先であるとみなす選考子にとって,この結果は十二分に納得できるし意義深いものだ。ケニアピテクスがプロコンスルよりも地上性にシフトしているとする従来からの見解は,ケニアピテクス,ラマピテクスをヒトの直系の祖先とみなす偏見に由来する。その偏見も本論文によって打破されている。
本論文には,記載,機能的解釈,より上位の類人猿進化に関する考察が整然と記述され,短報として通常出版されている類似論文のなかでも,形態学的に高水準位を保っており,国際的にみても第1級の成果報告と位置付けられる。
以上,本論文はアフリカ学会研究奨励賞に値すると一致して判断した。なお,この賞をきっかけとして,十分に検討・分析を重ねたケニアピテクスの位置付けに関する論文の執筆が期待されることを付言しておきたい。
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